釣った魚にエサはやらないってこと??

 

推しさんの出演していた舞台も終わり、ただ寝て起きて学校に行ってバイトしての毎日を送っています。ふっと考え事をすると生きている意味が分からなくなりますよね。

 

でも、この前の舞台でたくさん元気をもらったので頑張りたいと思います。

それにしても最高の舞台でした・・・が、推しさんが前楽で転んだときは、もう、死ぬほどびっっっっっくりしました。めちゃめちゃ冷や汗が出ました。

推しさんも私たちと同じにんげんで、怪我をする可能性が、病気になる可能性が、大事な時にお腹が痛くなる可能性が(私がよくお腹を壊すので)あるんだよな、と改めて考えさせられました。

転んだときは大きな音がしてたけれど、怪我はしてなかったみたいです。よかった怖かった。

 

 

5月の現場が終わって、手元にチケットがなくなってしまっていたんです。その期間はとても落ち込んでしまって、駅のホームで「飛び降りたいなあ」なんて日々考えたりしてました。(飛び降りていないから今こうして記事を書いているわけですが)

不思議なもので、"チケットがない、推しさんをみれる予定がないからしにたいな"、ではなく、"チケットがない、しぬなら今しかない!!"、という思考に囚われていました。今までは次の推しさんの予定までは絶対に生きなくてはいけないと思っていたので、その反動なのかなあと思いました。

その後、推しさんの予定が出来て「しのう」という気持ちは薄まっていきました。気分の波が激しすぎて自分でもびっくりします。推しさんに生かされているなあ。

自分の中でぐるぐるしている感情が可視化できないのってとても恐ろしいです。こんなにつらいのに分かってもらえない、こんなに好きなのにそれが全部伝わらない、とかね。

 

次の予定がなくなってしまったことも相まって、私生活で悩んでしまい、臨床心理士の先生とお話ししてきたんですが、その先生に「自分の思っていることを他人も思っているだろう絶対そうだろうと決めつけているんだね。生きにくいでしょ?」と言われてしまいました。

私、他人の感情を勝手に決めつけてたのか。

まず、そこからかって感じですが。私は決めつけていた気はさらさらありません。他者と自分の区別はついています、だってもう成人してるし!!!

「自分の中のルールが強すぎて、そこから外れた人を許せない」とも言われました。

これには、わ、わかる~~~となりました。

でも、これっておたくあるあるじゃないですか??推しさんを応援していく上で、私と応援スタンスが違う人を見ていると不快になりますもん。私よりも現場に行くこと少ない人には本当に好きなの??って思っちゃいますもん。

自分とは明らかに違うひとを許せるようになったら生きやすくなるんでしょうか、というか、許すって何なんだ・・・・・。

なんとなくですけど、現場で同担さんと楽しくワイワイ出来ている人たちは、他人を許せているんだと思いました。

私みたいに、辛い思いをしている人もきっといらっしゃるだろうと思ったので、私が受け取った言葉を共有させていただきました。

趣味(生きるすべ)なのだし、推しさんがだいすきなので、楽しく明るく応援することができますように。

 

 

タイトルは最近の推しさんを観ていて思ったことです。

 

毎回、ネガティブな話なのにも関わらず、お読みくださり、またスターをありがとうございます。思いを綴ってもいいんだな、と肯定されているみたいで救われています。

接触イベの感想とこれからのこと

 もう春ですね。月日ってあっという間だなあと思います。

 

 

 

 先日。推しさんの接触イベントに行ってきました。

 わ~~~~~これがまた本当に幸せで幸せで夢のような時間でした。

 そのイベントでは握手しながら少し推しさんとお話が出来るものだったのですが、ここで推しさんと会話のキャッチボールをすることが出来たのです。すごい。すごい!嬉しい!想像してた反応よりも推しさんが私の伝えたことに対して食いついてくれたので本当に嬉しかったです。去年の私は推しさんのキラキラさに耐えられず、人間の言葉を話すことが出来なかったので、自分の成長にびっくりしました笑

 推しさんとっても優しいんです。目を見て接してくれますし、めちゃめちゃ頷いてくれます(これがまた可愛い)。

 推しさんの考え方が好きです。というか、私は感情だとか価値観を重視してそれらを大切にして生きているので、推しさんの考え方が自分と合っていたから推しさんを好きになってこうやって応援しているんだろうなあ。イベントで話されている内容を聞いて、ああ彼がやっぱり好きだなあと心の底から思いました。

 あと、自分の言葉で推しさんが表情を変えてくれるの幸せすぎます。

 イベント最後の回で、何を伝えようかすごく迷ったんです。推しさんの記憶に残るわけじゃないけど、感謝と好意が伝わるような言葉がいいなともんもんと考えました。(自己満です)そして、推しさんの前に立って放った言葉は「舞台とかも○○から来てます。」でした。違うんです!地方から来ていることをアピールしたかったわけじゃないんです。なぜなら、上は北海道、下は九州から来ている人がいることはツイッターで見かけて知っていたからです。そこに比べたら私の地元なんて近いほうだし、ほんと何を言っているんだろうと後でものすごく後悔しました。

 

 

 

 同担さんでツイッタ―に自分が推しさんと話したことを上げる人がいますが、勿体ないなあと思います。私はそのレポ読むの好きですけど。

 でも、推しさんから貰った自分だけの言葉、他の人に教えちゃっていいの??

 私はイベントのほんの一瞬のあの時間は私のための時間でその時に私に向けてくれた言葉は自分の中だけにしまっておきたいです。

 あ、よく考えたら私も一人の友人にはイベの話を聞いてもらった時にこんな会話をしたと報告をしていました。

 自分の中だけにしまってなかったです。対象は違いますけど、誰かに話したくなりますね。

 

 

 

 時を巻き戻します。1月に大きな寒波がありましたね。ちょうど夜行バスで西に向かう日でした。勿論、バスは運休。3日間推しさんを観る予定を立てていました。

 私は干しました。本当に行きたかったら新幹線や飛行機で行けたかもしれません。しかし、ギリギリおたくな私は3日間を干したのです。接触イベを控え、さらにその次の舞台のチケットを取っていた時期でした。さすがに無理!と悲しみに暮れました。永遠にもぎられることのないチケット。あんなに価値のあったチケットはただの紙になり果てました。

 雪害のせいで行けなかった、なんて言い訳していますが、自分で行かないことを選んだようなもんです。また、これも言い訳に聞こえるかもしれませんが、その公演中に結構な病み期に入っていたことも行かなかった理由のひとつなのかなと思います。

 背伸びをせずに応援しようと誓いました。

 

 

 

 もう少ししたら推しさんが出演する舞台が始まります。とっても楽しみです。舞台のために理不尽なことにも目をつぶり我慢して頑張りたいと思います!怒りが限界突破しそうですけど、まだ人間でいたいから我慢、我慢、がまんだよ、私耐えてくれ。

 この舞台が終わったら応援の仕方についてゆっくり考えたいと思ています。やっとひと息つけそうです。

 

 

 

 推しさんがだいすきです。

降り時っていつなんだろう

 

 あけてしまっていました。

 とても寒いし、雪がもさもさ降っていて嫌だなあと思う毎日です。

 夜行バスに向かう時の電車はどうか、頼むから遅れないで、と願うばかりです。

 

 タイトル通りなんですが、最近はいつ降りるべきかということ考えています。もう興味がなくなったから降りるのではなく、推しさんは大好きなのだけれど現場に行くことを億劫に感じる自分が嫌で自己嫌悪に陥ることが頻繁にあって辛いので降りたい、のです。降りたいと思っても、今の私の一番の幸せは推しさんを観ることなので、降りても幸せになれないことは分かってるんですけどね。他人のことを気にしながら追いかけることってすごく辛くないですか?推しさんが好きって感情だけだったら楽なのになあ。春の舞台が終わったらペースを落としたいなって思っています。私にしては頑張っていたほうだと思います。ただ、他人にその頑張りを堂々と言えないだけで。端から見たら、自分の欲望のままに生きている金遣いの荒い人間です。でも、私は頑張っていたんです。頑張った。自分のペースって何ですかね。私は自分のペースで応援していきたいけど、いまだに自分のペースというものがよく分かっていません。

 推しさんは努力家なんだと思います。新しいお仕事にもチャレンジしていって私が好きになった当時よりもキラキラ輝いています。やりたかったお仕事なんだと思います。その仕事を追いかけることに私自身が戸惑いを感じていて、そのせいで億劫に感じているのかもしれません。

 不毛な思いを抱え、お金をたくさん使って、答えの出ないことで悩むことはすごく疲れるなあと思います。物凄い幸せと夢のような時間を頂いているんだから、悩むことくらいしろよってことなんですかね。

 

 もう一つ降りたいって思う原因はやっぱり同担さんが苦手だからです。自衛を心掛けているんですが、自分から同担さんの呟きを見に行ってしまいます。馬鹿ですよね。ミュートにした意味ないじゃん!って思います。どれもマウントに感じて辛くなってしまいます。私の心が捻くれているだけなのかもしれませんが・・・。でも、全部の同担さんが苦手というわけではなくて、寧ろ仲良くなりたいと思える方もいるんです。推しさんへの考え方だとか普段の呟きから優しさが滲み出てる感じで、推しさんをものすごく大切にしてる方なんです。もし、機会を頂けるなら、考え方や価値観について話してみたいなあと思います。

 

 友人の話をします。私の友人は推しさんから降りて、LDH系に行ってしまいました。寂しかったんですが、楽しそうで元気な友人を見ていると嬉しいです。毎回推しさんの話してるとき辛そうだったもんね。好きになったアーティストのことを楽しそうに話している友人は心なしか前よりも明るくなった気がします。新しい世界に行くことは悪いことじゃないんだね。

 その友人に「積んだ写真集見てどう思うの」と聞いてみたことがあります。友人は「不快な気持ちはないし、何とも思わない。あの時は楽しかった・・・」と言っていました。私の解釈が入ってしまっていますが、こんなニュアンスだったと思います。私もその時がきたら、積んだ写真集やCDを観てみて、そんなことを思うのかなあと考えます。

 

 いつ降りようかなあいつ降りようかなあと考えていると、昔友人に言われた言葉を思い出します。(上記の友人とは別の人です)

 「あんたってすぐ好きな人変わるよね」

 確かに、私はコロコロ好きなジャンルを変えてきました。気が移りやすいんでしょうね。期間が短かったとしても私はその時のその人をジャンルを全力で好きだったので傷つきました。また同じようなことを言われることが怖いので私が昔好きだったジャンルを知っている友人とは会いたくありません。推しさんを降りたら、今仲の良い友人とも離れようとするんだろうなあと思います。言葉の呪いにかかっています。怖い。

 

 なんだかごちゃごちゃと書いてしまいました。

 過去に好きになった人も、当時は大好きでした。

 でも今は、推しさんが一番で大好きです。今、好きな人を大切に生きていきたいなあと思います。私が死なない限りずうっと応援し続けたいです。推しさんは私が生きていくためにはもう必要不可欠な存在です。いつも推しさんを観れる予定があるから頑張れています。

 降りたいなんて言ってしまうけれど、よっぽどのことがない限り降りられなさそうです。すきだなあ

 

 推しさんのことを考えて落ち込む期間に入っていますが、今年初めがもうすぐそこなのでモチベを上げて色々頑張りたいと思います。

 

感想と思ったことです。

 

 寒くなってきましたね。皆様、体調はいかがですか。

 

 推しさんの公演を観に行ってきました~~~~。好きです、好きです。私は、あの約2時間のために生きてるんだなあって思います。キラキラな推しさんが観れることが幸せでたまりません。もっともっともっと私に幸せをください。次は、推しさんはどんな役でそれをどういう風に演じてくれるんでしょうか。楽しみでたまりません。推しさん、最近は既存の役をずっとやっている感じなので、違うものもみたいな~~と思っているところです。お芝居をしている推しさんを長くみていられますように。

 そういえば、個人のイベントも開催が決まってチケットも取れているので楽しみです。しばらくは何があっても死ねないですね!この前のイベントでは、推しさんを前にしたら言おうとしていたことが全部飛んでしまい、ありがとうございますとおめでとうございますを連呼していました。すごい気持ち悪いおたくですね。思い出したら消えたくなってきました。次はそうならないように頑張ります。というか、皆さんはあんなキラキラな推しさんを目の前にして話せますか???すごい。私はとても弱い・・・。心構えみたいなものを教えて欲しいです。

 

 軽くネタバレあります。 

  先日、地元で「人間風車」の公演があるということで観に行ってきました。とても怖いらしい、という事前知識だけを持って観ましたが、めちゃくちゃ怖かったです。ドンドン!!バンバン!!みたいな音で表現されている怖さ(怖がらせる驚かせることを目的にした上で生み出される音)が苦手なので、肩を大袈裟なくらい揺らしてしまったかもしれません。

 衝動的、瞬間的に「死んでくれないかあ」みたいな感情って誰にでも起こると思います。もし、友人に裏切られたと同時に好いていた異性も自分から離れて行った時、相手に対して何も思わずにいられるでしょうか。私はきっと平川のように自暴自棄になり相手には不幸になって欲しいと思うはずです。最悪の可能性を想像できていたと思うんですけど、突発的な怒りと悲しみの中では「どうにでもなれ」な感情が大きくなるんだと思います。

 衝動的に、一時の感情で、行おうとすることはひどく危険なのだなあと改めて思うことが出来ました。平川は自分の考え方に飲まれてしまったんだなあと思います。考え方の怖さって、私の中での正解は他人に間違いだと言われても正解になってしまうところだと思います。やっかいですよね。例えば、他人に悩みを相談したとき相手からのアドバイスにどのくらいの頻度で肯定しますか。私はあまりないです。自分から相談しといて失礼ですけど、ふーんって感じです。心に刺さらないんですよね。まあ、とにかく、私も自分の考え方で身を滅ぼさないようにしようと思いました。推しさんを応援するようになってから、考え方とか価値観とかが変わってしまったので。

 今回、友人と観に行ったのですが、私は誰かと一緒ということが無理みたいです。行きはめちゃめちゃ楽しいんです。帰りがしんどすぎる。観たものの消化が上手く出来ないのかもしれません。出来ていない中で、気遣わなくてはいけなかったり、合わせなくてはいけないことがひどくきついなあと思います。その友人が嫌いとかではないんです、むしろ大好きでお世話になっていて頭が上がらない人なんですけど、どうしてもついていけなくなります。一人にさせて欲しい、そう思ってしまいます。わ~~~~~自分勝手でごめんなさい!!!!もう毎回こうなんです。迷惑をかけないためにもこれからは一人で行くことにします。せっかくの楽しい時間を私のせいで台無しにはしたくないです。

 公演中、怖かったのか友人が手を握ってきた時はびっくりしました。集中出来ていたのですが、一気に引き戻されてしまい、少し残念に感じました。ごめんね。

思ったこととか

 

 

 なんだか疲れました。

 

 連日(私の中で)騒がれていたチケットのこと、頑張ったら普通に取れたなんて言ってる方もいらっしゃって、「ああ、私はまだまだ努力が足りなかったんだな」と思いました。もしかして、私推しさんのことそんなに好きじゃなかったのかな、なんて思ったり。頑張ったんだけどな、おかしいな。

 

 怒りと悲しみを抜けると、そこは無でした。もうずっと無でいたいな。

 

 そんな無の感情期間も抜けて、最近私は過去の楽しかった思い出に思いを馳せています。あ~~~~~~~あの公演は本当にかっこよかったな、とか、あそこの表情すごく好きなんだよな~~~円盤に入っているといいな、とか考えて楽しいです。

 先月あった舞台で初めて最前に入りました。推しさんキラキラしすぎでした。立ち位置的に私の目の前に立たれる場面が多く死ぬほど幸せでした。前の人の頭が視界に入ることもないですし、ストレス皆無、推しさんの表情が終始(オペラグラスなしでも)見える、セラピーすぎました。私生活でストレスMAXで死にかけていたので、本当にセラピーでした。思い出しただけで、うきうきしてきました。すごくすごくかっこよかったです好き。最初お顔ばかり見ていたのですが、不意に顔だけガン見するのはいかがなものか、と思い、膝小僧さんを見ていたシーンがありました。笑

 

 推しさんのお顔めちゃめちゃ好きです。

 

 ああ、なんだか消えたいな、なーんて思っても推しさんがこれから何のお仕事するか分かりませんし、それを観たいので消えられないな~って思います。

 

 結局、次の推しさん舞台のチケットが自分名義で一枚も取れなかったことが悔しいです。何をやっているんだ、死んでしまえ。人気ジャンルはもういいです。もちろん大好きですけど、ストプレも観たいです。

 皆それぞれ感じ方考え方は違うって分かっているけれど、私の価値観から外れすぎている発言を見るとひどくもやもやしてしまいます。そのもやもやで自己嫌悪です。生きづらい世界ですね。

 推しさんの舞台を観に行く、推しさんのブログを読む、推しさんに関わることはキラキラしていて私生きてるなあって感じます。だから、推しさん関係以外はちょっとおざなりにしてしまうこともあります。推しさんのことを考えてると幸せだけど辛い。矛盾してる。おたくやめた~いなんてよく思います。やめられないんですけどね。推しさんのおたく辞めたら私はきっと空っぽになります。他にも好きなこと夢中になれることあったはずなんですけど、推しさんのきらきらと応援することの幸せには敵わないと思います。

 

 疲れた。幸せな思いだけして生きていきたいです。(無理)

 

 好きでやってることなのに、それが原因で落ち込むのって変ですよね。

 

 最後に、最近参っててネガティブになってしまった時しっかり話を聞いてくれて、私を否定せずに励ましてくれた他厨の友人には頭が上がりません。ありがとう。おたく友達って本当にありがたい存在です。